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書室は、「手書き」に関するホームページ。研究から随想、寄稿まで…

同人手帳( 千々岩 弘一 )


 ITC活用への期待と危惧

 文部科学省は、「学びのイノベーション事業」<注1>を土台に、「教育のIT化に向けた環境整備4か年計画」(平成26年度から29年度)に総額6,712億円の予算を計上して、教育用コンピュータ・電子黒板・実物投影機(書画カメラ)・無線LAN・インターネット接続・教員の校務用コンピュータなどの整備・拡充を推進している。これによって、各自治体の教育委員会も積極的に授業改善のためのICT(Information and Communication Technology)活用を啓発している。
 これまでも授業方法を改善しようと、OHPをはじめとする視聴覚機器の導入やコンピュータ活用が叫ばれてきた。それが、ICT機器の操作ができることを前提とする社会が形成される中で、今や、学校教育でも授業改善のためのICT活用だけではなく、それらを通して子どもたちにICT機器の操作能力を育成することが求められている。
 学校教育におけるICT活用の推進は、時代の必然と言ってもよい。ただ、それゆえに用心しなければならない部分もある。文化庁の「国語に関する世論調査」<注2>に見るまでもなく、PC(Personal Computer)の日常的な使用は、生徒だけでなく一般社会人に漢字を書く力の低下を嘆かせている。これと同じような事態が、ICT活用を強調する学校教育で密かに進行している可能性がある。新しい教具や学習内容、学習方法を取り入れる際には、その新しさに引きずられて学習活動が活性化する一方で、学力の伸長が不十分になることが多い。その意味で、例えばICTを積極的に活用するばあいにも、他の授業と同じく、最も大切な学力の伸長が実現されているのかどうかを見極める目を忘れてはならない。
 先日参加した「教育の情報化」フォーラムにおいても、ICTを様々に工夫して活用する授業実践において、子どもたちが生き生きと活動している姿が映し出されていた。学習活動の活性化には、ICTは効果的である。そして、情報(知識)の獲得や定着には、ICT活用は有効性をもつと実感した。しかし、一方で、ICT機器の操作に夢中になる子どもたちの姿に、例えば教師の指示や説明、友達の意見などをしっかり聞いているのだろうかという疑問も芽生えた。さらには、豊かに想像したりじっくりと思考したりすることができているのだろうかとも感じた。ICTの活用は、視覚的・聴覚的に子どもたちの学習活動を支えることが強調される。二次元の世界を三次元で捉えるメリットも強調される。しかしながら、少なくとも国語科教育においては、視覚的な要素を強調しすぎることがかえって想像する力や論理的に思考する力などを奪うことに繋がらないのかという危惧が起こる。ある実践家は、子どもの聞く力や文字を手書きしながらノートをまとめていく力などが低下していると語っていた。また、先進的にICTを活用した実践家は、改めてテキストの本文を模造紙に書き写して補助教材化することの必要性を実感しているとも語っていた。これらの実感は、導入期の混乱が生み出しているのかもしれない。しかし、言葉による想像力・思考力などを育成しようとする国語科教育においては、ICT活用を支えるアナログ的な「手書きすること」及び手書きしている時間を通して想像したり思考したりすることの意義を再度考えることは必要であるように思う。
 国語科教育における「手書きすること」の具体的な活動としては、文字を正しく・整えて・速く書く能力を育成する書写、作文に代表される文章表現、文・文章などの理解・鑑賞をより確かで豊かなものにしようとしたり模範的な文・文章などを書き写すことによって文章表現力を高めようとしたりする視写、文・文章などを聴覚的に認知しながら書き写す聴写、暗記している素材を書き写す暗写がある。さらに、指導者の発言内容や板書した内容をノートに記録することやメモすること、テキストなどへの書き込みや書き足し、文章の書き換えなども挙げられる。これらの書く活動のうち、作文に代表される文章表現や視写・聴写・暗写といった活動は、ICT機器の一つであるPCを活用して行うこともありうる。議事録の作成といった意味でのノートテイキングやメモ作成もPCを活用できる。ただ、それらの活動において、主に想像力・思考力といった機能的学力の育成という点では、「手書きすること」と比較したときに劣っているということはないのであろうか。<注3>ましてや、指導者の発言内容や板書した内容をノートに記録するというノートテイキングやメモ作成、テキストなどへの書き込みや書き足しといった活動は、学習活動の機動性からみても想像力・思考力といった機能的学力の育成という点からみても、PCの活用よりも「手書きすること」の方に有効性・合理性が高いように思う。
 これからの学校教育において、ICTの活用は、必然であろう。しかし、学校教育の中核的な目標の一つに学力の育成ということがあるとするならば、どの場面で、どのように、どの程度まで活用すればよいのかといった視点の欠如は、本末転倒を引き起こしかねない。これらの視点をもつことによって、はじめて人間形成にまでつながる学力の育成(特に、想像力・思考力といった機能的学力の育成)を担保したICT活用が生まれるであろう。そうしなければ、チャップリンが「モダンタイムズ」で指摘した「機械に使われる人間」(別な言い方をすれば、自分で考えることをしなくなる人間)の創出に手を貸しかねないことになる。
 教員になることを目指す若者たちを育てながら、講義の中でも、これまで以上にICT活用を取り入れた授業設計について語り始めている。デジタル教科書の有用性についても、電子黒板の有用性についても、書画カメラ(OHC)の活用についても、時間を割いている。しかも、PCを使った指導案作りや表作りも、機会を捉えて求めている。自らの文章もPCを使って作成している。日常生活や社会生活でICT活用は一層進まざるをえない。だからこそ、同時にICTに使われるのではなく使いこなす人間の育成を真摯に考えざるをえないのである。電車やバスに乗り込むや否や小型端末機に吸い込まれている人々の姿を傍らに眺め、メールの文字表記や文章表現が他の文章表現に無分別に使われ始めている現状を嘆きながら、ICT活用の問題を考えている自分がいる。

 注1  総務省と連携して平成23年度から平成25年度まで実施された。一人一台の情報端末や電子黒板、無線LANなどが整備された環境の
    下で、教科指導や特別支援教育においてICTを効果的に活用して、子どもたちが主体的に学習する「新たな学び」を創造する実証研究
    の実施。具体的には、デジタル教科書・教材の開発、ICTを活用した指導方法の開発、教科指導等におけるICT活用の効果・影響の検
    証などが企図された。結果として、一斉学習・個別学習・協働学習という三つの学習の枠組みで、ICT活用の実践的蓄積がなされてき
    ている。たとえば、ICTの活用により実現が容易となる学習例として、思考の可視化(距離や時間を問わず思考の過程や結果を可視化
    すること)・考えの瞬時の共有化(距離を問わず多くの学習者の考えを共有すること)・試行の繰返し(繰り返し学習)などが強調さ
    れている。

 注2  平成23年度「国語に関する世論調査」(文化庁)の報告書には、「情報交換手段の多様化が,日常生活にどのような影響を与えてい
    るか」という問いに対して、「漢字を正確に書く力が衰えた(66.5%)」が最も多い答えとなっている。比率的にも、平成13年度調査
    の41.3%から25%以上の増加がみられる。
 
 注3  公刊するまでには至ってはいないが、財団法人中央教育研究所の支援を受けて手書きによる表現力とPC(Personal Computer)に
    よる表現力との差異の有無に関する調査を行ったことがある。(「IT機器の活用にともなう文章表現力・文章表現過程の変容に関する
    調査研究」<平成18年12月、私家版、A4版79頁>)結果として、PCの操作能力をはじめとする条件の差や分析の観点、サンプル
    数などの妥当性について検証を行う必要があるが、小学校・中学校段階では両者の間には一定の差異が認められた。ただ、教科「情報
    」を履修した高校生段階では、有意な差異は見られなかった。


 (なお、本原稿は、「東書Eネット(会員登録無料)」に掲載されている。同社の許諾を得て、本ホームページに転載している。)















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