世界標準のLiteracy育成プログラム開発のための基礎研究 - 時間・身体・過程 -
4 研究経過の発表実績
(1) Writing Modality と成果との関係に関する調査研究
長崎大学人文社会科学域(教育学系): 鈴木 慶子
同 : 前原由喜夫
同 言語教育研究センター : 劉 卿美
滋賀大学教育学部 : 長岡 由記
鹿児島国際大学福祉社会学部 : 千々岩弘一
1.はじめに
『月刊国語教育研究』2020 年6 月号の巻頭言において、桑原隆氏(日本国語教育学会会長)が、「パソコンによるノート取りは、認知という働きにおいて、手書きに劣り、学習を阻害さえしていると実験者たちは指摘しているのである。日本において ICT の充実が喫緊の大きな課題になっているが、パソコン等の活用に際しては、この実験結果にも耳を傾けておく必要があろう。」(注1)と結んでいる。桑原氏のいう指摘とは、「The pen is mightier than the keyboard:Advantages of longhand over laptop note taking」(注2)中にある。
2019年8月、Anne Mangen氏(The Reading Centre, University of Stavanger, Norway)に取材したところ、「ここノルウエーやヨーロッパの国々では、既に(小学校)1年生でPCが導入されているので、日本ではいつそうなるのか、また単にそうなる日がくるのかに関心があります。」と語った(注3)。
本研究チームは、Mangen氏の言に導かれて、下記の調査を進めてきた。本研究は文字や文章を手書きする指導を追究する書写教育研究にも資する基礎研究と考え、本発表ではその経過を報告する。なお、本発表は、JSPS科研費
JP18K02646の「世界標準のLiteracy育成プログラム開発のための基礎研究-時間・身体・過程-」(代表;千々岩)の助成を受けて、書写教育(鈴木)、教育認知心理学(前原)、外国語教育(劉)、文字教育(長岡)、漢字教育(千々岩)の各専門分野からのアプローチを行っている。
2.手書きが認知機能に与える影響に関する先行研究
2-1 再認、再生に関して
手書きは、文字や記号などの再認、再生において、キーボード入力に比較して、好影響を及ぼすことが知られている。例えば、下記が挙げられる。
就学前児童(平均年齢 3 歳 10 ヶ月)に文字を学習させる際に、年長の子どもは手書き(handwriting)のほうがキーボード入力(typing)よりも、再認成績が向上した(注 4)。成人(平均年齢 26 歳)では、初めて学習する文字の再認成績は、手書きのほうがキーボード入力よりも向上した(注 5)。
大学生(平均年齢 25 歳)では、単語の記憶課題において、手書きのほうがキーボード入力よりも単語の再生成績が向上した(再認成績は変わらなかった)(注
6)。また、大学生(平均年齢 29 歳)では、ストーリーの暗記課題において、手書きのほうがキーボード入力よりも、重要事項の再生成績が向上した(注
7)。
2-2 推論、アイディア産出、文章産出に関して
再認、再生に比して高次な認知活動(推論、アイディア産出、文章産出等)に関して、手書きがよい影響を及ぼすかどうかはほとんど検討されていない。
本稿冒頭で引用した桑原氏の言は、講義における事実記憶と概念適用の成績をふまえている。本発表で扱う調査も、再認、再生のレベルより高次な認知活動における
writing modality (手書き、キーボード入力、フリック入力)の性質を観察したものである。これを明らかにすることができれば、進行しているキーボード入力並びにフリック入力不可欠時代における、手書きの最適化問題について提言することが可能となるだろう。
3.手書きが高次認知に与える影響
3-1 予備調査
鈴木は、2017 年度に、卒論生ともに、大学生を対象とし、writing modality (手書き、キーボード入力、フリッ
ク入力)と産出した文章の質との関係を調査した。調査手順は、(1)書字習慣に関する質問紙調査、(2)群(手書き、
キーボード入力、フリック入力)分け、(3)文章執筆、(4) writing modality の使用状況に関する質問紙調査とした。
後に、前原が解析を行った結果、ルーブリック評価において、手書き群の産出した文章の成績が、有意に高いと
いう結果となった。
ただし、この調査には、2点の問題点があった。ひとつは、(3)文章執筆の後に、writing modality の使用状況
に関する質問紙を行っていることで、被験者が何らかの影響を受けた可能性があること。もうひとつは、調査主体
である卒論生自身が文章の成績評価を行っていることで、採点に何らかの影響が及んだ可能性があること。
3-2 第1次調査
私たちは、予備調査の問題点を改善し 2018 年度に、writing modality (手書き、キーボード入力、フリック
入力)と産出した文章の質との関係を調査した。文章の質の評価には、ルーブリック評価(パターン2種)及び主観
評価(パターン2種)を用い、それぞれの評価指標ごとに本調査に全く関係のない複数人(現職の中学校国語科教師、
退職した中学校国語科教師、現役小学校教師、中高国語科免許取得の大学院生)に評価してもらった。結論としては、
どのパターンの分析を行っても、writing modality の違いによって、文章の成績には、有意な差はほとんど見られ
なかった。
この調査結果における問題点は、評価者間の評価の一致率が低いことに集約される。つまり、文章のテーマに応
じて評価指標を明確に定義し、その指標に即した評価スキルを評価者に訓練しておく必要がある。なお、文章の質的
評価に関しては、膨大な研究が行われている。しかしながら、安定した評価指標が未だ確定してない現状にある。
このことが、writing modality と文章産出の質との関係に、簡明直截にアプローチすることを困難にしていると考え
られる。
また、2019 年 8 月、Stavanger 大学での Mangen 氏との協議において、彼女は私たちの研究に関して次のよう
な助言をくれた。①1人の被験者が、3種の writing modality で、文章を記述する実験をデザインすること。
②被験者のwriting modality の習慣をもっと細かく調査すること。
①を実施するにあたっては、まずは、産出する文章のテーマが複数(たとえば A、B、C の3種)必要となり、それ
らの難易度を均質にする必要がある。前述したように、私たち研究チームでは、1テーマに関する評価指標を適切に
作成することができず、安定した評価スキルをもった評価者を養成することができていない現状にある。したがって、
私たちは、Mangen 氏の助言をそのまま実行することを躊躇した。
3-3 第2次調査
その後、私たちは、writing modality と産出した文章の質との関係を追跡することを、一旦、休止した。代わりに、2019 年 12
月、writing modality (手書き、キーボード入力)と連想との関係を調査することとした。
3-3-1 調査目的
(1) 日常的に手書きを好んだり、多用したりする人ほど、言語処理能力や連想能力が高いか。
(2) 手書きのほうが、キーボード入力よりも、連想が多く生み出せるか。
3-3-2 調査参加者
大学生 36 名(女性 24 名、男性 12 名;18-20 歳)が集団実験に参加した。連想産出課題において、参加者を手書き
群とキーボード入力群に、半数ずつランダムに割りあてた。
3-3-3 調査手順……下記全体の所要時間は、説明、回収を含めて、約 50 分間。
(1) writing modality の使用状況に関する質問紙…約 5 分間
(2) キャッテル知能検査[推理・推論]…約 15 分間
(3) 京大 NX9-15 検査[言語処理]…約 5 分間
(4) 連想課題[創造性]…制限時間 10 分間
3-3-3-1 writing modality の使用状況に関する質問紙の内容
① PC 清書レポート作成手段としての利用頻度
最終的に PC のワープロソフトで作成しなければならないレポートを執筆する過程において、取材・構想・記述の
各段階で、手書き、PC、スマホをそれぞれどの程度使用するかを、5件法(0「全く行わない」~4「非常によく行
う」)で回答を求めた。加えて、「取材段階でスマホカメラを使うか」と「推敲はプリントアウトして手書きで行
うか」も同じく 5 件法で尋ねた。
② 執筆手段が自由なとき手書きを好むか PC を好むか
400~800 字程度の文章を作成する時、手書きか PC のどちらでもよいなら、どちらを好んで使うかを、1~10の
10 段階スケールの数字に1つだけ〇をつけて回答してもらった。1 に近いほど手書きを好み,10 に近いほどPC
を好むようにスケールを設定した。
3-3-3-2 キャッテル知能検査[推理・推論]:スケール 3(13 歳以上対象)のフォーム A の検査 1,検査 2,検査3 を実施した。
3-3-3-3 京大 NX9-15 検査[言語処理]:言語能力を測定する第 2 検査,第 4 検査,第 11 検査を実施した。本来 9歳から 15 歳対象の検査のため,大学生に実施する今回は制限時間を半分にして実施した。
3-3-3-4 連想課題[創造性]の内容
参加者を手書き条件と PC 条件とに分け、1枚の写真(注 8)を見て連想したことを、制限時間 10 分以内にできるだけ多く書き出してもらった。[3-3]
3-3-4 第2次調査の結果
手書き群と PC 群の参加者間に推論能力および言語能力の差がないかを調べるために、キャッテル知能検査の成績および京大 NX 検査の成績を t 検定により比較した(下位検査の合計点を使用した)。その結果、推論能力には差がなかったが(
t(34) = -1.57,
p = .126)、言語能力は PC 群のほうが手書き群よりも有意に成績が高かった(
t(34) = -2.34,
p = .025)。今後の調査にあたっては、認知能力において均質な群を作る必要があると言える。
3-3-4-1 相関分析
質問紙で尋ねた手書きとパソコンの使用頻度と、推論能力や言語能力との関連を相関分析によって調べた結果を表1にまとめた。手書き頻度,パソコン頻度、スマホ頻度はそれぞれ、質問紙で尋ねたパソコンで清書するレポート執筆時の取材・構想・記述における、各
writing modality の使用頻度の平均値を用いた。
有意な相関係数から以下のことがわかった。①レポート執筆にスマホをよく使うほど、推理・推論能力が低い。②レポート執筆時の取材で写メをよく使う人ほど、執筆手段に PC を好む。③レポート執筆時の推敲を手書きで行う人ほど、文章の執筆手段に手書きを好む。④執筆手段に PC を好む人ほど、推理・推論能力や言語能力が低い。⑤ただし、手書き頻度が高い人ほど、取材時の写メもよく使っている。
3-3-4-2 連想課題における手書き群と PC 群の連想個数の差
連想の総個数だけでなく,単語で記述された連想の個数と,複数語で記述された連想の個数に分けた分析も行った。両群の言語能力差を統制して分析するために,連想の個数に対して言語成績を統制した後の残差にMann-Whitney
の U 検定を実施した。
① 単語で記述された連想の個数は、手書き群(17.50 個)、PC 群(8.28 個)であり、手書き群のほうが有意に
多かった(U = 82.5, Z = -2.52,
p = .011)。
② 複数語で記述された連想の個数は、手書き群(3.61 個)、PC 群(8.06 個)であり、両群に有意な差はなかっ
た(U = 118.5, Z = -1.38,
p = .171)。
③ 連想の合計数では、手書き群(21.11 個)、PC 群(16.33 個)であり、両群に有意な差はなかった(U = 127.5,
Z = -1.09,
p = .279)。
4.今後の課題
なお、現在、連想の記述語に関して、質的分析を推進中である。さらに、今後は、データを取り足し、手書きの認知的特質を探っていく。そのことによって、進行しているキーボード入力並びにフリック入力不可欠時代における、手書きの最適化問題について提言していきたい。
注 1 桑原隆(2020),「ペンはキーボードよりも強し」,『月刊国語教育研究』, No.578, 日本国語教育学会編, 1.
注 2 Mueller, P. M. & Oppenheimer, D. M. (2014). The pen is mightier
than the keyboard: Advantages of
longhand over laptop note taking. Psychological Science, 25 (6), 1159-1168.
注 3 2019 年 8 月 19~20 日に、Anne Mangen 氏に、面会で、取材した。原文は英語、劉が通訳した。
注 4 Longcamp, M., Zerbato-Poudou, M. T., & Velay, J. L. (2005). The
influence of writing practice on
letter recognition in preschool children: A comparison between handwriting
and typing. Acta
Psychologica, 119, 67-79.
注 5 Longcamp, M., Boucard, C., Gilhodes, J. C., Anton, J. L., Roth, M.,
Nazarian, B., & Velay, J. L.
(2008). Learning through hand- or typewriting influences visual recognition
of new graphic
shapes: Behavioral and functional imaging evidence. Journal of Cognitive
Neurosciences, 20 (5),
802-815.
注 6 Mangen, A., Anda, L. G., Oxborough, G. H., & Brønnick, K. (2015). Handwriting versus keyboard
writing: Effect on word recall. Journal of Writing Research, 7 (2),
227-247.
注 7 Frangou, S. M, Ruokamo, H., Parviainen, T., & Wikgren, J. (2018). Can you put your finger on it?
The effects of writing modality on Finnish students’ recollection. Writing Systems Research, 10 (2),
82-94.
注 8 Christo 作の「Package」(1961)の写真
(2) Writing Modality と成果との関係に関する調査研究[2]
-連想を記述した語の分析を中心に-
長崎大学・鈴木慶子、同・劉卿美、滋賀大学・長岡由記、鹿児島国際大学・千々岩弘一
Keyword:手書き(handwriting)、キーボード入力(typing)、再認・再生、高次な認知活動による成果、連想
はじめに
桑原隆氏が『月刊国語教育研究』2020 年6 月号の巻頭言において、「パソコンによるノート取りは、認知という働きにおいて、手書きに劣り、学習を阻害さえしていると実験者たちは指摘しているのである。日本においてICTの充実が喫緊の大きな課題になっているが、パソコン等の活用に際しては、この実験結果にも耳を傾けておく必要があろう。」(注1)と述べている。桑原氏のいう指摘とは、「The
pen is mightier than the keyboard:Advantages of longhand over laptop note
taking」(注2)中にある。
2019年8月、私たちは、Anne Mangen氏(Norwegian Reading Centre, University of Stavanger, Norway)に対面で取材したところ、「ここノルウエーやヨーロッパの国々では、既に(小学校)1年生でPCが導入されているので、日本ではいつそうなるのか、また単にそうなる日がくるのかに関心があります。」と語った(注3)。
2020年2月に出版されたMaryanne Wolf著・大田直子訳『デジタルで読む脳×紙の本で読む脳-「深い読み」ができるバイリテラシー脳を育てる』(注4)では、「この10年間、私たちがどれだけ読むか、どう読むか、何を読むか、なぜ読むかが変わっており、これらすべてのあいだをつないでいるのが『デジタル・チェーン』です、それによって課される過度の負担を、私たちはまだ検討し始めたばかりです。」(注5)とし、印刷で読むか、画面で読むかによる、認知及び感情の差異に関する多数の研究に基づいて、従来型の印刷での読みの力とデジタルによる読みの力の両方を育て流暢に切り替え活用しながら、あふれる情報を分析・批判する能力を育てるべきだとしている。
「書くこと」も同様である。私たちは、手で書くか、デジタルで書くかによる差異を検討することとした。本発表では、その序幕を報告する。本発表で扱う調査は、再認、再生のレベルより高次な認知活動における Writing Modality(手書き、キーボード入力)の性質を観察したものである。これを明らかにすることができれば、進行しているキーボード入力並びにフリック入力不可欠時代における、手書きの最適化問題について提言することが可能となるだろう。
なお、本発表は、JSPS科研費 JP18K02646の「世界標準のLiteracy育成プログラム開発のための基礎研究-時間・身体・過程-」(代表;千々岩)の助成を受けて、書写教育(鈴木)、教育認知心理学(前原由喜夫/長崎大学)、外国語教育(劉)、文字教育(長岡)、漢字教育(千々岩)の各専門分野からのアプローチを行っている。前原氏は、本発表者に連名していないが、本発表に関わるすべての調査並び解析を行っている。
1.本発表で使用する用語について
本発表で使用する用語を、下記のように規定する。
Writing Modality:執筆手段。手書き(handwriting)、キーボード入力(typing)、タッチ入力、フリック入力など。
成果:書き取り成績、作文成績、連想産出成績、内容理解の成績など。
2.研究の経緯
私たち(鈴木、前原、劉、長岡、千々岩)は、「WritingModality と成果との関係に関する調査研究」を、2020年 9 月、全国大学書写書道教育学会第 35 回大会で誌上発表している。
そこでは、本発表の前段階にあたる予備調査(2017.11~2018.1 実施)、第1次調査(2018.12 実施)並びに第2次調査(2019.12 実施、数量的側面からの分析)の結果を素材とし、主に参加者の Writing Modality 習慣とレポートの質との関係を検討している。
3.先行研究
3-1 再認、再生に関して
手書きは、文字や記号などの再認、再生において、キーボード入力に比較して、好影響を及ぼすことが知られている。例えば、下記が挙げられる。
就学前児童(平均年齢 3 歳 10 ヶ月)に文字を学習させる際に、年長の子どもは手書き(handwriting)のほうがキーボード入力(typing)よりも、再認成績が向上した(注 6)。成人(平均年齢 26 歳)では、初めて学習する文字の再認成績は、手書きのほうがキーボード入力よりも向上した(注 7)。
大学生(平均年齢 25 歳)では、単語の記憶課題において、手書きのほうがキーボード入力よりも単語の再生成績が向上した(再認成績は変わらなかった)(注 8)。また、大学生(平均年齢 29 歳)では、ストーリーの暗記課題において、手書きのほうがキーボード入力よりも、重要事項の再生成績が向上した(注 9)。
3-2 推論、アイディア産出、文章産出に関して
再認、再生に比して高次な認知活動(推論、アイディア産出、文章産出など)に関して、手書きがよい影響を及ぼすかどうかはほとんど検討されていない。
本稿冒頭で引用した桑原氏の言は、講義における事実記憶と概念適用の成績をふまえている。ノートテイキングは、再認・再生と推論との両方にまたがった認知活動である。
3-3 創造性に関して
創造性(独創性、柔軟性、連想力からなると定義)は、流動的な腕の動き(fluid arm movements)によって高まるという結論に至った研究がある(注10)。以下に概要を示す。参加者をランダムに分けて、A 群は流動的な線画を、B 群は非流動的な線画をなぞった(上図参照、注 11)。その後、下記の 3 つの実験に参加した。
[独創性に関する実験] 参加者は大学生 30 人(女性 63%)。これらの参加者には新聞紙を与えられ、1分間でできるだけ多く、独創的な使い道を挙げるように求められた。結果、A
群のほうが、より多く列挙し、また独創性のある使い道を提案していた。
[柔軟性に関する実験] 参加者は大学生 30 人(女性 53%)。これらの参加者に対し、4 カテゴリ(家具、乗り物、野菜、衣類)にそれぞれ 9 つの例示語(属性の弱い語も含まれている)が示された。参加者は、各例示語に対し、当該カテゴリへの属性の強さを 10 段階で答えるように求められた。結果、A 群のほうが、属性の弱い例示語に対しても属性ありと答える傾向が見られ、カテゴリをより広く捉え、柔軟な思考をしていることが分かった。
[連想力に関する実験] 参加者は大学生 150 人(女性46%)。これらの参加者には、3 語からなる組単語が示され、それらの単語を包括する 4 つ目の単語を連想するように求められた。例えば、「馬」「人」「引く」を包括する
4 つ目の単語は「レース」が正解である(計 15 問)。結果、A 群のほうが、正解率が高く、より高い連想力を示した。
4.手書きは、連想を促進するのか
私たちは、前述の研究に着想を得て、次のような調査を行った。
すなわち、前述した研究では運動後のテスト成績を比較しているが、私たちの調査では、回答する際の Writing Modality を変えたのである。
4-1 連想産出課題
2019 年 12 月、長崎大学教育学部の学生を対象にして、Writing Modality (手書き、キーボード入力)と連想との関係を調査した。
4-2 調査目的
(1) 日常的に手書きを好んだだり、多用したりする人ほど、言語処理能力や連想能力が高いか。
(2) 手書きのほうが、キーボード入力よりも、連想が多く産出できるか。
4-3 調査参加者
長崎大学教育学部生 36 名(女性 24 名、男性 12 名;18-20 歳)が集団実験に参加した。連想産出課題において、参加者を手書き群とキーボード入力群に、半数ずつランダムに割りあてた。
4-4 調査手順⠤⠤⠤下記全体の所要時間は、説明、回収を含めて、約 50 分間。
(1) Writing Modality の使用状況に関する質問紙…約 5 分間
(2) キャッテル知能検査[推理・推論]…約 15 分間
(3) 京大 NX9-15 検査[言語処理]…………約 5 分間
(4) 連想産出課題[連想力]………制限時間 10 分間
4-4-1 Writing Modality の使用状況に関する質問紙の内容
① PC 清書レポート作成手段としての利用頻度最終的に PC のワープロソフトで作成しなければならないレポートを
執筆する過程において、取材・構想・記述の各段階で、手書き、PC、スマホをそれぞれどの程度使用するかを、
5 件法(0「全く行わない」~4「非常によく行う」)で回答を求めた。加えて、「取材段階でスマホカメラを使うか
」と「推敲はプリントアウトして手書きで行うか」も同じく 5件法で尋ねた。
② 執筆手段が自由なとき手書きを好むか PC を好むか
400~800 字程度の文章を作成する時、手書きか PCのどちらでもよいなら、どちらを好んで使うかを、1~10 の
10 段階スケールの数字に1つだけ〇をつけて回答してもらった。1 に近いほど手書きを好み、10 に近いほど PC
を好むようにスケールを設定した。
4-4-2 キャッテル知能検査[推理・推論]
スケール 3(13 歳以上対象)のフォーム A の検査 1、検査 2、検査 3 を実施した。
4-4-3 京大 NX9-15 検査[言語処理]
言語能力を測定する第 2 検査、第 4 検査、第 11 検査を実施した。本来 9 歳から 15 歳対象の検査のため、大学生に実施する今回は制限時間を半分にして実施した。
4-4-4 連想産出課題[連想力]の内容
参加者を、2 群に分けた。一方の群には手書きで回答させ、もう一方の群には参加者自身の PC(キーボード入力)で回答させた。両群とも同様に、1枚の写真(注 12)を提示し、制限時間 10 分として、「この写真を見て、連想できることを、できるだけたくさん列挙してください。」と指示した。
4-5 調査の結果
参加者をランダムに分けて作った手書き群とPC(キーボード入力)群は、「4-4-3 京大 NX9-15 検査」検査によると、言語能力が均質でないことがわかった(PC 群が有意に高かった)。以下では、それを統制して、考察を行っている。
4-5-1 記述した語の個数の比較
参加者が記述したものを見ると、下記のように、1 連想について、1語で記述している場合もあり、複数語から構成された語、語句(含;短文)で記述している場合もある。どちらの場合も連想
1 と数えた。なお、誤記と判断される語は、除外している。
中のものはやわらかそう、古い時代のもののよう、博物館に展示されていそう⠤⠤⠤ |
解析の結果、下記がわかった。
①連想の合計数では、手書き群(21.00 語)、PC 群(16.33 個)であり、両群に有意な差はない。
②1語で記述された連想の個数は、手書き群(17.33 個)、PC 群(8.28 個)であり、手書き群のほが有意に多い。
③複数語で記述された連想の個数は、手書き群(3.31 個)、PC 群(8.06 個)であり、両群に有意な差はない。
4-5-2 記述した語の質的な比較
次に、参加者が記述した語、語句(含;短文)を、カテゴリで分類した。
[表 1] 連想を記述した語・語句の分類
大カテゴリ |
小カテゴリ |
分類例 |
(1)形状記述[対象を見たまま] |
|
デコボコ、紐、結び目、汚れている、四角い、… |
(2)属性記述[対象の状態を想像] |
内容物を想像 |
中の物が柔らかそう、見られたくないものが入っている、… |
聴覚的に想像 |
静か |
臭覚的に想像 |
臭そう |
味覚的に想像 |
(なし) |
触覚的に想像 |
絡まる、タイト、苦しそう… |
運動感覚的に想像 |
重そう、動けない…… |
(3)連想[対象の状態から想像] |
類似している物品を連想 |
布団、チャーシュー… |
そこからさらに別の連想 |
宅配業者、ガムテープ、秘密… |
時間的に連想 |
古い時代のもののよう、… |
空間的に連想 |
博物館に展示されていそう、… |
(4)分類不能 |
|
質量、太った人のお肉がはみ出ている、… |
分類を行った者は大学生 3 人(3 人とも女性)。彼らは、本調査の目的、経緯、参加者の群分けなどを知らされていない。彼らは、私たちが用意した分類シートの枠組みに即して、各自別々に分類を行い、最終的に合議して、分類を一致させた。
すると、[表 2]のような解析結果となり、下記がわかった。
① 大カテゴリ(1)~(3)の小計ごとに連想産出個数の平均値を求めた。形状記憶で PC 群(2.39 個)、手書き群(4.50
個)、属性想像で PC 群(3.78 個)、手書き群(3.11 個)、連想で PC 群(8.56 個)、手書き群(12.56 個)であり、
言語能力を統制した後の変数にt 検定を実施したところ、いずれの場合も有意な差はなかった(ts (34) < 1.73,
ps > .094)。
② 次に、いくつのカテゴリに渡って、連想が産出されているかを見ると、PC 群(5.28 カテゴリ)、手書き群(4.17
カテゴリ)であり、言語能力を統制した後の変数に t 検定を実施したところ、有意な差はなかった(t = 1.36,
p = .184)。
③ 次に、1 カテゴリあたりに生成された単語の個数を調べた。すると、PC 群(3.30 個)、手書き群(5.39 個)であり、
言語能力を統制した後の変数にt 検定を実施したところ,有意に手書き群の連想産出が多かった(t = 2.19, p =
.035)。以上から、手書きではキーボード入力に比べて、1つのカテゴリ(=テーマ)に深掘りする傾向がある
といえる。
おわりに
今後は、参加者を増やして調査を行うとともに、記述した語、語句の質をさらに吟味した分析をする必要がある。さらに、この種の調査を蓄積することで、日本語を手書きする行為の認知的な特徴を把握していきたい。そのことによって書写教育並びに書字教育の改編・再構築に資することを目指している。
本稿のはじめにで引用した Maryanne 氏の著書で述べられているように、「デジタル・チェーン」によって読みにおける「最も大切な思考プロセス-批判的分析、共感、熟考-」が現代の若者においては形成が脅かされているとしたら、「将来世代の読字脳ではどんな能力の組み合わせがベストなのか」を検討すべきである。つまり、紙で読んで身に付ける読みの力と、画面で読んで身に付ける力は別物であり、今後は両方とも必要であるからだと。
書きの力も同様である。
実際、2019年8月に取材したノルウエーでは、DigiHand というプロジェクトが推進されている。同国の教育課程では、小学校低学年の読み書き指導において、担任はデジタルツールを使用することになっているが、詳細は担任の裁量に任されている。実際には、多種多様な実践が行われている。そこで、Mangen 氏らは、DigiHand によって、1年次にデジタルで読み書きを学習した児童と、1年次に手書きで読み書きを学習した児童との学習成果の差異並びに教師の指導の差異を観察中という。
私たちは、是非とも、DigiHand の経過及び結果を考察し日本での来るべき時期に備えたいと願っている。
注 1 桑原隆(2020),「ペンはキーボードよりも強し」,『月刊国語教育研究』, No.578, 日本国語教育学会編, 1.
注 2 Mueller, P. M. & Oppenheimer, D. M. (2014). The pen is mightier
than the keyboard: Advantages
of longhand over laptop note taking. Psychological Science, 25 (6),
1159-1168.
注 3 2019 年 8 月 19~20 日に、Anne Mangen 氏に、面会し、取材した。原文は英語、劉が通訳した。
注 4 Maryanne Wolf著・大田直子訳(2020),『デジタルで読む脳×紙の 本で読む脳-「深い読み」ができるバイ
リテラシー脳を育てる』, 合同出版株式会社.
注 5 前掲書(注 4),P100.
注 6 Longcamp, M., Zerbato-Poudou, M. T., & Velay, J. L. (2005). The influence of writing practice on
letter recognition in preschool children: A comparison between handwriting
and typing. Acta
Psychologica, 119, 67-79.
注 7 Longcamp, M., Boucard, C., Gilhodes, J. C., Anton, J. L., Roth, M.,
Nazarian, B., & Velay, J. L.
(2008). Learning through hand- or typewriting influences visual recognition of new graphic shapes:
Behavioral and functional imaging evidence. Journal of Cognitive Neuroscience,
20 (5), 802-815.
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注11 前掲書(注 10),P2 収載の Figure1.
注12 Christo 作の「Package」(1961)の写真